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「心臓と暮らし」タイトル

これらの文章は、2002年から2003年の岩手日報コラムに連載されたものです。
今でもとても面白く読めましたので、再掲載しました。  ぜひ、ご一読ください。



第28回 高齢化社会と増える心臓病患者数

岩手医科大学第二内科
中村 元行


この欄では、今まで二十数回にわたり様々な心臓や血管の病気がどのような原因で起き、どのような症状を現し、どのように治療され、予防から見てどのような点に注意が必要かについて説明してまいりました。しかし、今まで取り上げられてきたこれらの病気が、全て同じような頻度で発症するわけではありません。ある病気は中年男性に多く、若年女性に少ないなどという特徴があります。健康対策に応用するために、ある特定集団の健康状態や病気の分布や原因に関する研究をすることを疫学と呼びます。

この疫学情報は、その病気の原因や治療法を考えるうえで非常に重要なものです。例えば、脳出血は日本人、特に北東北地方に異常に多いことが知られていました。それは何故かと追究したところ、大量の食塩摂取が高血圧の原因となり、脳出血がおき易くなることが判明したわけです。これに対して地域規模の食生活の改善運動が始まり、最近は、脳出血発症者は減少してきています。このように疫学的調査は原因解明に重要であり、ある疾患の撲滅に大変有効な手段となります。

それでは心臓病に話を戻して、例えば、この欄の読者は岩手県の方が多いわけですから 「岩手県では心筋梗塞症は特別に多いのでしょうか?」 とか、「なにか本県での特別の原因があるのでしょうか?」 という疑問もあり得ます。しかし答えは、残念ながら 「ハッキリしません」 です。こんなことはコンピュ-タの時代ですから簡単に、わかるように思われます。しかし、これが意外と分っていないのです。これを解明するためには、全県の主だった病院や医院の協力が必要です。患者さんのプライバシ−を守りつつ調査することが必要です。こういう実状をふまえ、私たちの研究チ−ムでは、心臓疾患の疫学情報を県北地方で効率よく収集し、岩手県あるいは日本人に特有な原因を解明しようとするプロジェクトをこの4月から始めます。もちろん患者さんの名前は、匿名化され、個人のプライバシ−は厳重に守られることを前提に実施される予定です。

なぜこのような疫学調査を行うかといえば、心筋梗塞症や狭心症の発症率は人種間で違い、その治療法も画一的にはできないということがあり、欧米で行われている予防法や治療法をそのまま日本人に適応できるだろうかとの疑問が出てきたからです。欧米人では、コレステロ−ル値が高いと心筋梗塞症が発症しやすいと考えられています。日本人でもコレステロ−ル値の上昇とともに心筋梗塞症の発症が増加すると考えられています。しかし、その発症数は欧米の数分の1であると推定されており、日本人で心筋梗塞症予防のために薬でコレステロ−ル値をやみくもに下げることに疑問を投げかける研究者もおります。日本人の心臓病、とくに心筋梗塞症や狭心症は同年代の外国人と比べて遥かに少ないと考えられています。

しかし今後、日本人の高齢化が急速に進み、高脂肪食になじんだ年代の人たちが心筋梗塞症の好発年代になってくることを考えると患者数は確実に増加の一途をたどります。日本での心臓病は、他の人種と比べると発症割合は少ないが患者さんの数は増加していくと予測されています。このように日本人の心臓病には独特な事情があり、日本人に特有な原因や治療法や予防法があるのではないかと考えています。この点からも、疫学的調査が今後さらに重要とされてきます。さらに、先に述べましたように同じコレステロ−ル値でも日本人ではどうして心筋梗塞症発症が少ないかの疫学的調査を介した解明は、全世界の心臓病が多発する国から日本の医学関係者が求められている今後の課題ともいえます。

第28回 掲載:2003年4月1日

当ページは岩手日報社の許可を得て掲載しています。

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