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これらの文章は、2002年から2003年の岩手日報コラムに連載されたものです。
今でもとても面白く読めましたので、再掲載しました。  ぜひ、ご一読ください。



第8回 「王様の病院の患者さんと医師」

岩手医科大学第二内科・循環器医療センター
鎌田 弘之


少し前の話ですが、『王様のレストラン』 というテレビドラマを私は気に入っていました。あらすじは、松本幸四郎が扮する伝説のギャルソン(レストランの給仕専門職)がオーナーと協力し、傾きかけたレストランを立て直すというものです。題名はギャルソンの 「先輩のギャルソンから 『お客様は王様』 であると習いました」 という台詞に由来しています。

ギャルソンは、お客様がレストランで過ごす時間を最高のものにすることが仕事です。なにせ相手は王様で 「特別の待遇」、つまり他の人とは異なるサービスを求めます。しかし、それに無条件に応えるのがギャルソンの使命ではありません。伝説のギャルソンは続けて言います。

「王様の中には首をはねられたものも大勢いる」

ギャルソンは、提供できる料理、お客様の好みなどを察し、選択できる適切な情報を提供します。お客様は料理に満足したときには、喜んでお金を払います。そうではないときの責任は誰にあるのでしょうか。

当然、料理を作ったシェフの責任は大きいと思います。しかし、お客様のことを知らないシェフに全面的に責任があるのでしょうか。料理が口に合うか否かはお客様の好みにもよります。

ではお客様に接し、料理のことも知っているはずのギャルソンが一番の責任を負うのでしょうか?料理がまずかったからと、代金を払わないで帰るお客様はいません。不満足でもお金を払うというリスクを背負って料理を選択しています。

結局、お客様もギャルソンもシェフもオーナーも、すべての人がリスク (まずい料理を提供して、客足が遠のき、店が傾き失業するリスクなど) を分け合ってレストランは成り立っているのでしょう。

王様のレストラン

今の日本で病気になって医者にかかれない人はほとんどいません。しかし、日本の医療制度は、そうではない貧しい時代の医療が基本となっています。いままでは、画一的な医療でも受けられるだけましと我慢してきた患者さんが、「自分は他の人間とは違う」 という主張をし、自分に合った医療が欲しいという切実で具体的な要求を持つようになりました。

一方で、医療提供側には医学の遅れなどもあって、それに応えるのが非常に難しい場面も多く、そのギャップが患者さんの医療への不信感を増大させています。まるで、好みの料理を選びたいと思っても、それに応えることができないレストランの中にいる王様のようです。

レストランと違うのは、医療のリスクは、単なる不満足ではなく、死や苦痛がありうるという点です。それでも、このリスクを、患者さんと医療スタッフのすべてで分け合わなければ医療は成り立たないものだと思われます。リスクを引き受けるためには正確な情報の理解が必要であり、リスクの最大の引き受け手である患者さんに、分かりやすくて納得できる説明をする義務を医療スタッフが負うべきなのは当然です。

医療関係者に不断の努力が必要なのは言うまでもありません、しかし患者さんの側にもリスクを引き受けるという心構えが必要な時代になっています。患者さんと医師の新たな関係をどのよう築くべきなのか?

答えはまだありません。患者さんもリスクを背負って自分なりの答えを作っていかなければなりません。重い荷物も分け合えば何とかなる、それが新たな関係をつくることにつながるのだと思います。

伝説のギャルソンは言います 「最高の食事を楽しんでいただくには、お客様の力も必要なのです」 と。

第8回 掲載:2002年10月29日

当ページは岩手日報社の許可を得て掲載しています。

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