ホッとできる良い温泉、
ご存知ありませんか?


ホッとできる良い温泉、ご存知ありませんか?

転落での多発外傷、交通事故での出血多量によるショック、腹膜炎による敗血症性ショック、急性心筋梗塞症による心原性ショック、肺血栓塞栓症、くも膜下出血、脳出血、脳梗塞、アナフィラキシーショック、薬物中毒、心肺停止、……。岩手県高度救命救急センターは、昭和55年から今日まで25年にわたり、地域に根ざして24時間フル稼働しています。最近では、1年間で3万人が受診しています。3次外来症例だけでも1年間で3,500人を超えています。時には、温泉に浸ってホッとしたいです。

3次外来症例の6割は、内因性疾患によるものです。救急医療の対象が外傷救急から疾病救急へ移行しています。その中でも、最近では、循環器疾患が増えています。日本全体での心血管疾患や脳血管疾患の死亡数は増加していて、単一臓器による死亡数では悪性腫瘍を大きく上回っています。これらの循環器疾患の大多数が救急医療の対象となっているのです。

とりわけ、心臓の病気は怖いことで有名になっています。症状がほかの病気と紛らわしかったり、症状だけでは重症かどうかもわからなかったりするのです。そのうえ、心臓発作は突然起こって、一瞬のうちに意識がなくなって「死」と隣り合わせになってしまうから、怖いのです。

でも、岩手県高度救命救急センターにさえ、うまく到着できれば、もう安心なのです。基本を大切にした最高のスタッフが、病態に即して最善の検査を行い、冠疾患集中治療室(CCU)で最適な治療を開始します。もちろん、心臓だけでなく、頭のてっぺんから足の爪の先まで、患者さん本位の確かな診療を行います。東京から見れば、盛岡は遠く離れた辺鄙なところに思われているかもしれませんが、そこで世界水準の最高の治療が受けられるのです。すでに10数年前から、今では当然の、科学的根拠に基づいた医療(EBM)が行われていたのです。同時に、長年の経験に培われた「医者の腕」も大切にしてきました。臨床での多くは、多面的で、複雑で、総合的なものと認識しているからです。これらを導いてくれたのが、平盛勝彦教授だったのです。今でも、その考え方と姿勢は引き継がれていて、循環器医療センターへ発展しています。

しかし、一方で運悪く、病院へたどり着く前に意識がなくなってしまう患者さんもいます。突然、「胸が苦しい」と訴えているうちに、見る間に意識がなくなって、心肺停止に陥ってしまうのです。その救命率は5%以下と極めて不良で、毎年4〜6万人が突然死しているのです。救急センターでどんなに優秀な医師が待ち構えていても、「いのち」を救えないのです。CCUでの急性心筋梗塞症の死亡率はわずか7%なのに、です。その場に居合わせた「あなた」が、医療従事者であろうと、なかろうと、心肺蘇生法を行うことでしか「いのち」を救えないのです。

岩手県では、平成5年度から、県民運動として心肺蘇生法普及事業を展開してきました。現在、心肺蘇生法の講習を受けた県民は40万人にも達し、「一世帯に一人」いる計算にもなっています。そして、岩手県高度救命救急センターに搬送されてくる心肺停止症例のうち、その場に居合わせた人に心肺蘇生法を施されていた症例は30〜40%にもなっていて、全国平均の2〜3倍にもなっています。これは素晴らしいことです。

突然生じる心停止は、原因の80%が心室細動で、その治療は電気的除細動だけなのです。除細動が1分遅れるごとに救命率が約10%低下するので、ただちに除細動しなくてはなりません。今なら、自動体外式除細動器(AED)による除細動が可能です。その場に居合わせた「あなた」が除細動を行うことで、その「いのち」は飛躍的に助かるのです。除細動は今や1次救命処置(BLS)に含まれるのです。

岩手県では、この「AEDを使う心肺蘇生法」を蘇生法普及事業に加えて展開しています。いち早く、「心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン(通称、ガイドライン2000)」に沿って、取り掛かってきたのです。それらをすべて主導してきたのは、やはり平盛教授です。心臓突然死を減らすことは、循環器医の大きな使命の一つと定めて、平成2年に着任されてから一貫して、循環器医療のフォーカスを院外へ向けてきました。

現在、県民運動として「AEDを使う心肺蘇生法」講習会を行うとともに、パンフレットやテレビ番組で県民へ広く知ってもらうようにしています。岩手県立病院や一般開業医などにAED 250台ほどがすでに設置されています。県民が多数集まる施設などへAEDが設置され、「地域住民による除細動」の環境が整備されるのを目標にしています。医療従事者には、アメリカ心臓協会(AHA)認定BLS for Healthcare Provider CourseとACLS Provider Courseを繰り返し、世界水準の治療が行えるようにしています。

平盛教授が導いてくれたことが、今では当たり前になって、すでに身近になっているのです。地域に密着したものとなっているのです。地域住民が自ら除細動できる救命救急システムを構築できると、地域社会全体がCCUになるのです。どこで倒れてもホッと安心できるのです。それを岩手県で行ってきたのです。

「温泉なら岩手県へ行こう。いつ、どこで倒れても、誰かが助けてくれるから」。すでに10数年前に平盛教授が考えていたことです。ホッとできる良い温泉は岩手県にあったのですね。


岩手医科大学 第二内科/救急医学 菊地 研

 

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