----- 一般市民が行う除細動 -----
2003年12月25日 花巻市医師会報
岩手医科大学救急医学 菊地 研
現在、岩手県内で「自動体外式除細動器(AED)を使う心肺蘇生法」の普及に努めています。
これは、国際的な合意のもと米国心臓協会(AHA)が改訂した「心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン(ガイドライン2000)」に沿って、世界中が普及に励んでいるものです。
この10年間、岩手県は心肺蘇生法普及の県民運動を地道にまじめに続けています。全国都道府県では最もよく纏まっているものです。
蘇生法受講者はのべ40万人に到達し、「各世帯に一人の受講者」がいる計算にもなり、その場に居合わせた人が蘇生法を行う率は、全国平均の3〜4倍にもなっています。
しかし、突然心停止例の救命率は全国平均(5%)に比べて改善しているとは言い難いのが現状なのです。
突然心停止の8割以上は「心室細動」という不整脈が原因です。
急性心筋梗塞症の死亡例のうち、半数以上は病院到着前にこの心室細動で突然死しています。
心室細動が発生してから自己心拍が再開するまで、救命率は1分毎に約10%減少します。
その治療法は唯一、電気的除細動ですので、電気的除細動までの時間が救命率を決定的に左右することになります。
数分以内に除細動できれば、救命率は増加し、多数例が後遺症を残さずに社会復帰できるようになります。
その場に居合わせた人が心肺蘇生法とともに、さらに一歩踏み込んで除細動を行うのが、この「AEDを使う心肺蘇生法」なのです。
AEDは心電図を自動的に解析して電気的除細動が必要かどうかを判断してくれます。救助者が自ら行う操作は、
1) 電源を入れる
2) 電極パッドを患者に装着する
3) 自動解析ボタンを押す
4) 除細動ボタンを押す
のわずか4つだけで、操作手順を日本語音声と液晶ディスプレイが順次知らせてくれます。
自動血圧計と同じくらい簡単に、ケータイやプレステよりも簡単に取り扱え、小学生でも操作できます。
メンテナンスは不要でノートパソコン程度の大きさであるため、消火器のように設置しておいて使用時に簡便に持ち運べます。
医学知識がなくとも、安心して安全に使用できることから、欧米では警察官、消防士、警備員、航空機客室乗務員など医療従事者でない職業人、そのうえ、その場に居合わせた一般市民がAEDで除細動しています。
このような地域では、5分以内の除細動を達成させ、救命率40〜60%という驚異的な高さを報告しています。
一方、日本では2003年4月からやっと、救急救命士が自らの判断で除細動できるようになりました。
2003年6月に「院内での看護師によるAED使用は法律違反でない」と厚生労働省が回答しました。
それ以前から、医療従事者でない航空機客室乗務員は、医師が同乗していないときにAEDで除細動できたのに、です。
そのような中、岩手県内で2001年から地域住民に向けて「AEDを使う心肺蘇生法」の普及を開始しています。
厚生労働省が2004年春から一般市民によるAEDの使用を認める方針を示しましたが、それよりも先駆けているのです。
2002年度末までに小学3年生の男児から80歳手前のご夫婦まで計330名が受講して、180名が練習用AEDで除細動を実地で練習しました。
同時に、住民の最も身近にいる一般医家の先生方に、AEDを診療所には1台、病院の各病棟と外来には各々1台ずつ設置することを勧めています。3分以内の除細動が可能になるからです。
AEDは、2002年度末までに県内の診療所や病院に約200台が、2003年12月には県立病院に60台が設置されました。
2004年には、社会資本の要として、学校や県民会館などの公共施設や、ホテルや温泉などの集客施設に急速に設置されていきます。
心臓突然死の4分の3が生じている自宅への設置を次の目標に定めています。
県民運動の開始時から「温泉なら岩手県へ行こう。いつ、どこで倒れても、誰かが助けてくれるから」としたキャッチコピーを用いて岩手県を全国に向けて発信しています。
現在、「AEDを使う心肺蘇生法」を岩手発で行っています。
健やかな子育てから、リクリエーションや勉強や仕事、穏やかな老後の生活まで、訪れ暮らすなら岩手県で、ともアピールしています。
この岩手県を宮沢賢治は理想郷の意味を込めて「イーハトーブ」と名付けました。
その彼の出身である花巻で、医療従事者は勿論、住民が「AEDを使う心肺蘇生法」を行えるシステムを構築できれば、
「温泉なら花巻へ行こう。いつ、どこで倒れても、誰かが助けてくれるから」
が実現できるのです。
当ページは花巻市医師会の許可を得て掲載しています。