蘇生記右往左往下書き編


‘05早春


拾った命。救われた命。

「皆の連携プレーが救った命ですよ。大切にして下さいね」CCUのA先生が入院病棟に移る私に贈ってくれた言葉が全身に染み込んだ。「自分も他人も疎かにしないぞ」と誓った。

「拾った」 「儲けもの」と言った医師の言葉は、つい感謝を忘れて受け容れ難かった。「だから後はどう扱われても文句はないだろうな」と聞こえた。

AED(自動体外式除細動器)の啓蒙者たれ。

ベッドで「高円宮様と同じ心室細動」 「CPR〈心肺蘇生法)とAED〈自動体外式除細動器)で救われた」と聞いた。関心が高まって地元技耋∈楜事やNHKテレビの健康番組などにズバリを発見、意外に身近に情報が多い事を知り、対策の進展に少しだけ安堵した。

院内で心肺蘇生法講習会があり「AEDで助かった村の第1号」と屈託なく喜び一杯に話す老女がいた。ここに二人も居る状況は、特別過ぎない素晴しい医療事情下かと感激した。

終講後S先生が「AEDを皆さんに教えて下さいね」と私に問いかけた。救急車や主要な病院には備えてあるというが一般的にはまだまだ。シナリオはまだ出来てはいないが「まさかの自分の経験」を語ることが強力な啓蒙手段に違いなく、役立ちたいと思った。

再発作の恐怖に怯えながら緊張の毎日。

予期しなかった事態から蘇り、そのまま緊張感の連続に生きている。平静さを装ってはいるものの、実は今にでも再発作が襲うのではないかと怯えながら立ち上り、突然ざわめいたり、しばしば暗夜に醒めている。

これでは余命を縮めかねないと考えるのは贅沢で生きている有り難い証拠だとか、死を大らかに迎える構さえあれば開放されるとか、思う言葉はあってもまだ観念出来てない。

未練がましく最大の敵はストレスだからと、息の抜き方を先生に聞こうと決めるが、面と向うと聞きそびれてしまう。

いままでの自由は幻か。

気晴らしを兼ねたリハビリ散歩には、この寒さだから駅ビルの中が安全だと思いきや、至る処に食欲を刺激する香り、せっせと生活習慣病を養える美酒と山海の珍味の土産もの。 戸惑いつつも「手当たり次第の鱈腹とは縁を切ったから、ドクターと相談してから舐めてあげますよ」と五感をなだめ、売り子の目を避けて通り過ぎるのにも慣れてきた。

つい先日までの、無分別なイケイケ自由は現役時代と決別出来ない自分の傲慢と快楽を満たしただけの幻。今はその償いか、新しい価値観へのスイッチオンかと考えよう。と言いつつ、こんなストイックな生活も何時か切れそうで心もとないのも同じ胸にある。

しかし書店だけは別。ゆとりの時間に合わせて好奇心を満足させてくれる格好の空間である。だが、いつか店員に完璧な人相書き情報を提供したぞと察して以来、書店も販売業であることを尊重しなくては・・・と、今では時々の購入とマナーでご勘弁をと厚顔になった。

あっそうかの不思議な感覚2題。

自律神経が司る分野の「あっそうか」、不思議な感覚2題。

一時退院の時、生活上の制限や安全性など肝心な点の指導を仰がずに、便秘がちを訴えてしまった。
先生は自宅では順調に戻りますと答え、果たしてそうであったが、私は暗示にかかったのか、生理的回復かの何れだとも判定しかねている。

リハビリ中に込み上げた嫌悪感を恐れた直後、心電図を見たドクターは「不安の負荷が重なったパニック症状と思われる。精神科を紹介しよう」と言った。私は30年ほど昔に読んだ「不安神経症侯群」を思い出し、スーッと落着いて来たので「及ばず」と答えた。

2題共に先生の言葉が私にはクスリとして効いたのだ。症状や感覚は自律神経の心配のない仕業の時もあるが、決め付けないで相談した方が安心出来る。

だが24時間ホルターをつけて胸が苦しかった事にも「大丈夫、何でもないよ」と薬を処方した専門内科医にかかって、気の所為かと我慢を続けた自分を後悔している。

読んでない本、使ってないカメラ・無線機。ごめんなさい。

妹夫婦の休みを見計らって運転を頼み、新築仕立ての水沢の自宅へ行った。プレミオ4WDは私の自由時間の基本アイテムであるから、車を取上げられると何の活力もない生き物に過ぎない。私の趣味は史跡探訪、カメラ、アマチュア無線ですと明かせば充分にご理解頂けると思う。
しかし今日は、薬の説明書に「運転中の眠気には十分な注意を」と書いてあったこと、病気から癒えていない等、ハンドルを握る迷いに重きを置いて、口惜しかったがナビゲーターに徹した。これも後で先生に聞こう。

野菜畑が眺められるソファに懸けると、正月までの数回は「のんびりと健康第一に長生きしなくては」と考えていた。今日はしみじみと「生かされていて良かった」と一次救助者、救急車、医師団の皆さんに手を合わせた。家族はあの時蘇生しなかったらどうしただろうかと、伝えるべき事や始末について未済の多い事も思った。

それから、運んだ日そのままのダンボールの中の読みかけの本、挨を拭うべきカメラ、電源が再び入るのかの瀬戸際リグ。私の少年魂を少しだけ豊かにしてくれた無機質な諸君にも「手垢はもう少し待ってくれ。ごめんなさい」と呟き、ドアを閉めて帰途に就いた。

当ページは寄稿者の許可を得て掲載しています。

 

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