心肺蘇生法はどこまで進歩・普及したか


国立循環器病センター 心臓血管内科  野々木 宏


20世紀の心臓病学には、心電図や心エコー図の確立など様々な功績があります。

その1つとして心肺蘇生法、CPRの確立があげられます。CPRは、これまでの数多くの試みが土台となって、現在の形に至っております。その歴史は、紀元前までさかのぼります。

歴史

CPRの歴史について、お話しいたします。

蘇生の成功の事例は、すでに旧約聖書に記載があります。イスラエル王国のエリシアという予言者が紀元前9世紀に、死亡した子どもの口に、自分の口をあて、おおいかぶさるようにすると、子どもはくしゃみをして、目を開けたというものです。

これは奇跡ではなく、まさに、口対口呼吸による呼気吹き込み法の実践と考えられます。子供が覚醒時に、くしゃみが生じたことから、欧米の習慣で、くしゃみをしたときに、“God bless you” 神のご加護を、と言う所以といわれています。

その後、蘇生時には、むち打ち、外部から温熱、樽の上を転がす、馬の背に乗せて走らせる、ふいごで呼気を吹き込む、など様々な方法が用いられました。その中には、無効に終わるものや、現代につながる方法も見受けられますが、科学的な裏付けがなかったため、中断されたり、無視されたりするものがほとんどでありました。これらの方法は数百年の間、忘れられていて、再発見されたのが1960年といわれています。

実験中に動物の胸郭を圧迫すると動脈圧が上昇することから、心臓マッサージの効果がわかり、また、術後の患者に対して、気管チューブから呼気を吹き込むことにより、動脈の酸素飽和度を維持できることが証明され、口対口呼吸による人工呼吸法が確立されました。同じ時期に、心室細動に対する電気ショック、すなわち直流除細動の有用性も確立されました。忘れ去られていた3つの蘇生の方法、すなわち人工呼吸法、胸骨圧迫心臓マッサージ法、電気的除細動が揃い、統合された年が1960年といわれています。1960年はまさに、現代の心肺蘇生法(CPR)の開幕といえる年です。

この時期に、急性心筋梗塞に対する集中治療室、CCUも確立され、1965年には、ベルファストでモービルCCUの導入がありました。 米国では、救急救命士が養成されて、救急医療サービスが開始されました。その中で、最も効果を上げたのがシアトル市でした。市民教育によるCPRの普及により、市民が実施するCPRは50%まで増加し、通報から3分で消防隊が現場に到着し、AEDの使用を含めた応急処置が行われました。その後に到着する救命士により、30種類以上の薬物の使用を含めた高度治療が実施され、その結果極めて高い社会復帰率が得られました。その後、シアトル市の救命率は世界の目標となりました。

国際ガイドラインの作成

次に、心肺蘇生法の国際的な標準化についてお話しいたします。

1974年、米国心臓協会AHAが、「心肺蘇生(CPR)と緊急心血管治療のため」 というガイドラインを公表し、各国に影響を与えました。その後、AHAは新しい研究や実績により最新・最良の蘇生指針を約6年ごとに発表し、更には世界共通のガイドラインとするために、国際蘇生連絡委員会(ILCOR)を設立し、2000年に国際ガイドラインが作成されました。

我が国は、日本蘇生協議会(JRC)を設立し、その後シンガポール、台湾、韓国とともに、アジア蘇生協議会(RCA)を2005年に設立し、翌年には、ILCORへの加盟が実現し、これにより国際ガイドラインへの発信の道が開かれました。 2005年11月、ILCORから蘇生に関するデータの集大成として「心肺蘇生と緊急心血管治療のための科学と治療の推奨に関わる国際コンセンサス(CoSTR)」 が発表され、心肺蘇生のガイドラインは、このコンセンサスに基づき、各地域や国の実情に合わせて作成することが勧告されました。我が国においても、日本版ガイドライン作成が行われました。

コンセンサスの骨子は、科学的なエビデンスに基づき、BLS、特に胸骨圧迫の重要性が認識され、心臓マッサージと呼吸の比率が、30:2、すなわち、30回の心臓マッサージと2回の呼吸に変更されました。この方法を簡便化するために、全ての年齢層を対象に、一人で実施するCPRは、30:2に統一されました。 また胸骨圧迫の中断を短くすることが心拍再開に重要であるため、3回連続で実施していた電気的除細動を1回毎として、除細動直後にCPRを行うことが勧告されました。また、社会復帰が可能な脳蘇生を得るため蘇生例に対する低体温療法の実施が勧告されました。

我が国におけるCPRの効果

最後に、我が国における心肺蘇生法の効果について、お話しいたします。

院外心停止における国際的な標準登録システムは、ウツタイン様式として、広く登録作業に使用されています。大阪府や東京都で実施された院外心停止例の登録から、胸骨圧迫のみのCPRが、口対口の人工呼吸法を含んだ標準的な方法に比べ、救命率は同等か、それ以上の効果があるということが明らかにされ、CirculationとLancetに掲載されました。

そのエビデンスに基づいて、AHAは、2008年3月に 「胸部圧迫のみのCPR」、すなわち 人工呼吸をおこなわないで胸だけを圧迫するCPRを講習会に組み入れる という指針を発表しました。この指針は、目の前で突然倒れた人に、少しでも早く応急手当てを行うために、他人に口をつけて息を吹き込むことに、抵抗感があったり、感染の怖れを感じる人のために、ハンズオンリーCPRとして勧告されました。

この事例は、我が国からのエビデンス発信により国際ガイドライン改訂が可能となる実例といえます。2005年からは、総務省により、全国規模で院外心停止の全例登録が開始され、今後世界に類をみない大規模なデータとなるものと思われます。

すでに大阪府のデータや全国データにより、市民のCPRや自動体外式除細動器(AED)の使用で救命率が増加していることが実証され、今後、様々な対策がエビデンスに基づき提唱されるものと期待されています。

2010年に国際的なコンセンサスの改訂が行われる予定で、ILOR加盟を果たした我が国からも、その作業に約20名の専門家が参加しています。この結果、JRCを中心に国際コンセンサスに基づいた我が国のガイドラインも作成され、国際的な役割を果たすとともに、更に国内の心停止例への救命率の向上が期待されています。

以上のように、心肺蘇生法の歴史的な背景から、最近の進歩や我が国の果たす役割についてお話しをさせていただきました。


当ページは野々木先生の許可を得て掲載しています。


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