虚血性心疾患


2006年11月18日 「市民のための老年病学」より


弘前大学医学部医学科 内科学第二講座 講師  花田裕之


1.はじめに
この虚血性心疾患というのは心臓の病気です。普段私たちは心臓が動いていることを意識していませんが、心臓は1分間に約70回、1回あたりおよそ60ccの血液を全身に圧しだしている筋肉のかたまりのポンプです。休みなく働くわけですから、エネルギーがたくさん必要です。そのエネルギーは心臓自身に流れる血液からの酸素によって生み出されます。この血液は心臓の表面にある、冠動脈という血管によって供給されています(図1)。

図1
図1

冠動脈は大動脈が心臓から出たすぐのところから枝分かれし、その太さはもっとも太いところで4mm ぐらいしかありません。一般に虚血性心疾患という場合、冠動脈に問題があって心臓に血流不足が起こる状態をいいます。冠動脈が狭くなって一時的に酸素不足が生じる場合と、冠動脈が詰まって血液の流れが途絶してしまう場合があります。この酸素不足によって心臓の筋肉が一部死んでしまう(これを壊死といいます)場合が心筋梗塞症、心筋にダメージを残さずに回復する場合が狭心症です。すなわち、虚血性心疾患とは、狭心症と心筋梗塞症ということになります。

2.冠動脈に何が起こるのか
加齢と共にあらゆる動脈には動脈硬化がおこります。なぜだかわかっていませんが、冠動脈はこの動脈硬化が起こりやすい動脈なのです。動脈硬化というのは動脈が硬くなると書きますが、実際に起こることは動脈の壁に変性した脂肪が溜まっていくことです。壁に蓄積されたものを「プラーク」といい、このプラークにより血管が狭くなっていきます(図2)。ある狭さ以上になると、坂を上ったり、怒ったり、重いものを持ったりと、心臓がたくさん動きたいとき、その要求に見合った血液が流れなくなります。心臓は酸素不足になり、その結果症状として胸の圧迫感や締め付け感が生じるのです。安静にして酸素不足が解消されると症状は治まります。これが「労作性狭心症」というタイプです。

図2
図2

冠動脈が狭くなる理由は、実は他にもあります。冠動脈が勝手に縮んで狭くなってしまう人がいるのです(これを冠攣縮といいます)。冠攣縮は動脈硬化の進んでいる人にも動脈硬化のない人にも起こりますが、その理由はまだはっきりとはわかっていません。血流が流れなくなるくらい攣縮がおこると心臓は一方的に血液供給を止められてしまい、酸素不足となり胸の圧迫感や締め付け感が生じることになります。冠動脈が勝手に縮んで発作が起こるわけですから、先ほどの狭心症のように運動や労作、情動とは関係なく発作が起こります。労作性という言葉に対して、「安静型狭心症」といわれます。早朝、明け方に起こりやすいという特徴があります。

もう一つの機序が、冠動脈の中に生じる血のかたまり、すなわち血栓です(図3)。

図3
図3

前述したプラークの中には、変性したコレステロールが大量にたまっている不安定プラークというのがあって、何かをきっかけにこのプラークが血管内に破れ、プラークの内容物が血液にさらされるのです。これをきっかけに、冠動脈内に血栓が形成されます。先ほどの冠攣縮とは違うことが血管内では起こっていますが、結果的には冠動脈が血栓により閉塞するので、症状の起こり方としては安静時に症状が起こることになります。血栓が冠動脈を閉塞して、心筋に傷害を残す前に血栓がとければ狭心症、血栓による閉塞が続くために心筋が壊死に至ると心筋梗塞症になってしまいます。

血栓が冠動脈を完全に閉塞しない場合は、血管の中には新たに狭い部分ができます。すなわち、この場合は労作性狭心症がその時から始まるわけです。一度は血栓が溶けても、プラークの中の成分が血管にさらされている限り血栓は繰り返し形成されることが多く、これらのタイプの狭心症は心筋梗塞症になりやすいので、注意が必要です。具体的には発作が起こり始めたばかりの労作性狭心症や、安静狭心症が明け方でない時間帯に生じような場合、原則的には入院してすぐに治療を始める必要があります。冠動脈内の不安定プラークが破れて血栓を形成するために起こるこのような病態をまとめて、「急性冠症候群」と呼びます。

3.心筋梗塞症になるとどうなるのか
狭心症は一時的に胸が苦しくなるだけで、よほど発作が繰り返し起こらない限りは、心臓に後遺症は残りません。しかし、血流が途絶えて心筋の壊死が起こってしまうとその部分の心筋は、もはや動かなくなってしまいます。傷害を受けた心筋が多い場合、心臓はもはや全身の要求に見合うだけの血液を送り出せなくなってしまいます。このような状態を心不全といいます。また、傷害を受けた心筋は心臓が停止してしまうような不整脈を起こしたり、壊死して弱った部分が心臓の圧に耐えられずに破れてしまったりします。現在病院に入院できた方の死亡率は7-8%ぐらいです。しかし、心筋梗塞症でなくなる方の50%は病院に到着する前に亡くなります。

狭心症と心筋梗塞症には、表のような違いがあります。診断には心電図が有効ですが、発作のない時の心電図は異常がない場合がほとんどです。ですから、労作性狭心症を疑った場合は実際に階段を昇り降りした前後で心電図をとったり、冠攣縮性狭心症を疑う場合は心電図を24 時間記録したりして、診断します。心筋梗塞症では、症状、特徴的な心電図所見、血液検査などで診断します。狭心症でも心筋梗塞症でも、最終的にはカテーテルという細い管を直接冠動脈に入れてX 線に映る造影剤を冠動脈に注入し、狭いところや詰まったところが実際にあるのかどうかを調べます。

4.心筋梗塞症と狭心症の違い

表 心筋梗塞症と狭心症の違い

5.治療
労作性狭心症は、β‐遮断薬という薬を中心とした薬物療法、カテーテルという細い管を血管に入れて冠動脈の狭いところを風船で広げるカテーテル治療、狭くなった部分をバイパスして血管をつなぐバイパス手術、を組み合わせて行います。冠攣縮性狭心症に対しては、Ca 拮抗薬という薬が発作を抑えます。心筋梗塞症に対しては、心筋が壊死になる前に詰まった冠動脈に血液を再開させる再灌流治療をなるべく早く行います(図4)。再灌流治療は、狭心症と同じようにカテーテルを用いて行い、理想的には1時間以内に行うことです。そうすれば、心筋にダメージをほとんど残さずにすみます。夜中に胸が苦しくなって朝まで我慢したら、血液が流れてこない心筋はほとんど壊死してしまいます。冷や汗を伴う経験したことのない激しい胸の痛みを感じた場合は我慢せず、すぐに救急車を呼ぶ必要があります。

図4-1 閉塞した冠動脈
図4-1 閉塞した冠動脈
図4-2 再灌流治療後
図4-2 再灌流治療後

6.虚血性心疾患にならないために
残念ながら、これを食べていれば、飲んでいればこの病気にならない、という特効薬はありません。この病気になりやすい状態や生活習慣病があります。肥満、喫煙、高脂血症、高血圧、糖尿病がこの病気をひきおこしやすいものです。いくつか重なっている場合は、一つだけの人に比べ数倍危険性が高まります。最近話題のメタボリック症候群もそうです。これらを改善するしかありま せん。近年の食習慣や生活習慣の欧米化は、日本人の血管をじわじわ痛めつけているようです。確実に虚血性心疾患は増えてきました。血管に良い生活、食事を考えてみませんか?


当ページは花田先生ご本人の許可を得て掲載しています。

 

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