心筋梗塞患者さんのために


下記の文章は、「心筋梗塞患者さんの外来通院手帳」に掲載しているものです。

この外来通院手帳は、心筋梗塞患者さんが退院後の外来通院するときに使用し、栃木県内すべての医療機関で共通して使用することになります。

心筋梗塞患者さんのために、栃木県医師会が中心になって作成し、入院していた病院と外来通院する診療所(医院・クリニック)が円滑に協調して継続して治療が行えるようにしてあります。

そんな手帳に掲載されるこの文章は、獨協医科大学 心臓・血管内科 准教授 阿部七郎先生が書き上げたもので、以前からこんな文章を書きたいと思っていたものでした。

市民の皆さんにとってスゴく読みやすくわかりやすいと思いましたので、掲載させていただきました。

是非お読みください。


日本人の心筋梗塞の特徴

 戦後の食文化や生活習慣の欧米化によって心筋梗塞や狭心症といった冠動脈疾患が増加しています。ある病気を発生させる条件のことを危険因子といいますが、冠動脈疾患の危険因子には高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満など身体側の問題と喫煙、運動、飲酒などの生活習慣による問題が挙げられます。これらはアメリカ人の危険因子と同じですが、日本人はアメリカ人に比べ

  • 高血圧、喫煙者の割合が高い。
  • 総コレステロール、LDL(悪玉)コレステロール、中性脂肪が高く、またHDL(善玉)コレステロールが高い。
  • 糖尿病に罹っている人が少ない。

という特徴があります。

つまり日本人の心筋梗塞には喫煙と高血圧の関与が大きいと言えます。心筋梗塞の発生と死亡には男性で45%が喫煙、34%が高血圧、5%が糖尿病、5%が高コレステロール血症によるものと推定されています(女性ではそれぞれ18%、17%、9%、8%)。また日本では糖尿病も高脂血症も増加しております。

 心筋梗塞になった人が再びもう一度心筋梗塞を起こすと死亡率が倍増しますので、今回心筋梗塞が軽くて済んだ人もそうでない人も、これらの危険因子から遠ざかることが大変重要です。


喫煙

 日本の喫煙率は減少していますが他の「先進国」と言われる国の中では最も高いです。喫煙はHDL(善玉)コレステロールを低下させ、血管の弾力性を悪化させ、血小板が固まって血栓ができ易くします。

 喫煙は心筋梗塞に関して、

  • 喫煙者は非喫煙者・過去喫煙者と比べて、発生率・死亡率が男女とも2〜3倍高い。
  • 1日1箱以上の喫煙者は非喫煙者に比べて死亡率が男性で2〜4倍(女性で7倍)上昇する。
  • 受動喫煙によっても心筋梗塞死亡率は上がる。

という特徴があります。

 禁煙すると、その1年後から心筋梗塞の発生率は低下し、禁煙後2年以降で非喫煙者と変わらなくなります。心筋梗塞になった人が再びもう一度心筋梗塞を起こすと死亡率が倍増しますので、心筋梗塞後の患者さんに喫煙は厳禁なのです。そして喫煙が自殺行為だということだけでなく、自分以外の人にタバコの煙を吸わせることは殺人行為だと思ってください。自分の愛する家族に限らず、他人の命を害する権利は誰にもない筈です。


高血圧

目標血圧:収縮期血圧(上の血圧)130mmHg以下
       拡張期血圧(下の血圧)80mmHg以下


目標血圧に達しない高血圧の人は正常血圧の人に比べて心筋梗塞の発生率は男性で2.1〜2.3倍(女性で1.3〜2.8倍)高いと言われていますので、血圧が目標値に達しない場合にはお薬をしっかり飲んで下げましょう。そして収縮期血圧(上の血圧)が低下する程、心筋梗塞の予防効果は高いので、拡張期血圧(下の血圧)が高めでも、くよくよ気に病まず、まずは拡張期血圧を下げる事を目標にしましょう。


生活目標:減塩、節酒、運動、肥満の予防

  • 減塩;1日6g未満
  • カリウム摂取;果物を積極的に食べてカリウム摂取(ただし腎障害や糖尿病の人はかえって悪化するので主治医に相談)
  • 節酒;アルコール摂取量;1日純アルコール換算で30 ml以下に抑える
      度数(%) 量(合)
    ビール 5.5% 545ml
    焼酎ストレート 25% 120ml (0.65合)
    清酒 17% 176ml (約1合)
    ワイン 13% 230ml (約1.3合)
    ウィスキーストレート 40% 75ml
  • 運動;
    週3〜4回(できれば毎日)30分以上持続しての中等度の運動(息が上がらないくらいの運動)を心がける。
  • 肥満の人は減量;標準体重(身長(m)×身長(m)×22)kgを保つ。
    最近ではボディー・マス・インデックス(BMI)という値が重要。
    BMI=25%以下が目標値!(BMI=体重÷身長(m)÷身長(m))

糖尿病

患者さんが知っておくべき言葉:

  • 空腹時血糖;朝食抜きで来院して採血した時の血糖値
  • 随時血糖;朝食を普通に摂って来院して採血した時の血糖値
  • ヘモグロビンA1C(エー・ワン・シー);過去1〜2ヶ月前の血糖が高かったのか低かったかを示す数値

治療目標:ヘモグロビンA1C 6.5%以下


糖尿病は心筋梗塞に関して次のような特徴があります。

  • 心筋梗塞のなりやすさ
    糖尿病の人はそうでない人に比べ2.6倍心筋梗塞になりやすい。
    また
    空腹時血糖100mg/dl以上、または
    随時血糖140mg/dl以上、または
    現在糖尿病治療中の患者さん
    と、これらいずれにも該当しない人と比べ男性では1.8倍、女性では1.3倍心筋梗塞になりやすい。
  • 再度心筋梗塞のなりやすさ
    心筋梗塞を起こした人のうちで糖尿病がある人は、糖尿病でない人に比べて再度心筋梗塞を2.7倍起こしやすくなる。そして糖尿病の人は高血圧と高脂血症を合併するコトが多く、これらを合併した人は、血糖値だけをしっかり下げても心筋梗塞を予防できづらく、血糖と高血圧と高脂血症をまんべんなく治療しないと予防でなかった。しかし治療がまんべんなく上手く行けば2.7倍という倍率は下がる。
  • 糖尿病予備軍からの治療の重要性
    これまで糖尿病予備軍と言われていた人たちは、食後1〜2時間の血糖値が高いほど糖尿病に移行し易く、特に心筋梗塞を起こした患者さんは、予備軍の段階で血糖吸収を抑える薬を服用して治療するほうが心筋梗塞を再び起こす確率が下がってくる事がわかった。故に心筋梗塞を起こした患者さんはこれまで糖尿病と言われた事がなくても主治医に相談して自分が糖尿病予備軍であるかどうか確かめてもらう必要がある。
    まずはブドウ糖を飲んで血糖を調べるブドウ糖負荷試験が重要。

高脂血症

患者さんが知っておくべき言葉:

  • LDLコレステロール;悪玉コレステロール。血管の狭窄や閉塞をもたらす。
  • HDLコレステロール;善玉コレステロール。コレステロールを肝臓に運ぶ。
  • スタチン系薬剤;コレステロール治療薬。動脈硬化改善作用が証明されている。

治療目標:

LDLコレステロール;100mg/dl以下

HDLコレステロール上昇;40mg/dl以上

中性脂肪;150mg/dl以下


高脂血症は心筋梗塞に関して次のような特徴があります。

  • LDLコレステロールに関して
    LDLコレステロールが150mg/dl以上の人は100mg/dl未満の人に比べて心筋梗塞の発生率が男性で3.7倍高い。140mg/dl以上の人は80mg/dl以下の人と比べ死亡率が2.1倍高い。
  • HDLコレステロールに関して
    HDLコレステロールが40mg/dl未満の男性はそれ以上の男性に比べ心筋梗塞の発生率が2.5倍高く死亡率が2.0〜2.5倍高い。HDLは運動と禁煙によって上昇する。外国のデータでは飲酒によっても上昇すると言われているが日本人の検討ではあきらかではなかった。
  • 中性脂肪に関して
    中性脂肪150mg/dl以上の人は80mg/dl以下の人に比べ心筋梗塞発生率が2.8倍高く死亡率が1.8倍高かった。中性脂肪は肥満、飲酒との関係が強く正常化を目指すとき、節酒や禁酒、体重減量が必要である。

スタチン系薬剤の重要性

 心筋梗塞になった患者さんの高脂血症を治療する場合、LDLコレステロール低下がまず重要です。スタチン系薬剤は心筋梗塞発症直後から病状が悪化するのを防ぐ作用が確認されております。もちろんコレステロールを改善するには食事療法や生活習慣の改善が一般には必要ですが、心筋梗塞後に関しては、それよりもスタチン系薬剤を服用するほうが重要であると考えられており副作用がない限り服用を中止ないでください。


肥満

患者さんが知っておくべき言葉:

  • 標準体重;標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22
  • ボディー・マス・インデックス(BMI);
    BMI=体重÷身長(m)÷身長(m)

治療目標:LDLコレステロール;100mg/dl以下


 BMIに関しては男性では30以下の人は25以下の人に比べ、心筋梗塞発生率が1.8倍、死亡率が2.0倍高かったです。女性では肥満と心筋梗塞発生や死亡に関してあきらかな関連は見られておりません。また男性で20歳の頃のBMIが25以下の人で、その頃の体重に比べ10kg以上増加した場合には心筋梗塞発生率が2倍に増加します。


食習慣

 冠動脈疾患の発生は魚摂取量が少ない人に比べ摂取量が多い人程少ないです。青魚に含まれる魚油の成分であるエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサ酸(DHA)摂取が最も多かった人のグループでは、最も少なかった人のグループに比べ40%以下の危険率でした。また果物の摂取量が多い程、虚血性心疾患+脳卒中の発生率が低くなることが知られています。しかし糖尿病患者では果物は全てカロリーとして計算しなくてはいけません。一日決められたカロリー以外に果物をとることは、血糖値を悪化させますので主治医に相談してください。また果物に含まれるカリウムを摂取すると冠動脈疾患の死亡率が低下しますが、腎障害の患者さんではカリウム摂取は危険なので、こちらも主治医に相談してから食べるようにしてください。そして食事はゆっくり時間をかけて摂ることが大切です。早食いは危険です。また一般に野菜を良く摂ることが良いとされますが、食事のはじめに野菜を食べ、それから肉や魚をゆっくり良く噛んで食べると急激な血糖上昇を避ける事ができると言われています。


運動

 運動が健康増進にいい役割を果たすということは一般的に知られておりますが、心筋梗塞に関しても、心筋梗塞にならないこと(一次予防)、そして一度心筋梗塞になった人が再び心筋梗塞にならないため(二次予防)にも、運動することが有効であるというのは明らかな事実です。スポーツ参加時間が週1~2回の人たちに比べて、週5時間以上歩行する人と比べ心筋梗塞や狭心症で死亡する率が半減するといわれており、また他にも運動が心臓病予防に有効であるという報告は数多くあります。一般的には週3〜4回(できれば毎日)30分以上持続しての中等度の運動(息が上がらないくらいの運動)を心がけようにとされています。


患者さんが知っておくべき言葉

  • 運動療法
  • 運動処方
  • 心臓リハビリテーション

 病気に対してお薬を服用することを療法といい、お医者さんがどんなお薬を飲むべきかを決めることを処方といいます。心臓病に関しては運動そのものがお薬を飲むことと等しいくらい効果があります。このように心臓病に対して治療目的に運動することを運動療法といいます。しかし、やみくもに無茶な運動をしたのではかえって心臓をダメにしてしまう場合もありますので、患者さんの病状に応じて、どのくらいの程度、時間、頻度がその患者さんに適しているのかをお医者さんが判断して決める必要があります。このように患者さんそれぞれに適した運動を決めることを運動処方といいます。そして心臓病によって失われた心臓の機能を運動処方に基づいた運動療法を行うことで再び取り戻すことを心臓リハビリテーションといいます。

 運動処方は実際には運動負荷試験を行った上で心拍数、血圧、心電図変化の有無以外に、患者さんの呼吸する際、吐いた息の中の酸素や二酸化炭素量の分析、心エコー図での心臓機能などで、その患者さんに適した運動の種類、強さ、持続時間や回数が決められますので心臓リハビリテーション施設(センター)で行われます。

心拍数がどの程度するのが適切かというと、その簡単な目安としては、最大心拍数(220-その人の年齢)と安静時心拍数の差の4割~6割程度の上昇が目安とされます。

例えば60歳の人で安静時心拍数70回/分であれば、

最大心拍数=220-60=160回/分

最大心拍数と安静時心拍数の差=160-70=90

この差の4~6割=36~54くらい心拍数が上昇するのが目安

安静時70回/分なので70+(36~54)=106~124回/分までの上昇が目安

簡単には心拍数が100~120回/分くらいまで上昇する程度の運動がよいということになります。しかしこれは患者さん個人個人の病状により加減しなくてはいけませんのでリハビリテーションの担当医に相談してください。


心理的因子

 うつ症状が多い人は少ない人に比べて心筋梗塞発生率が約7倍高く、心筋梗塞を起こした患者さんでは、うつ症状のある人は、そうでない人に比べて1年以内に再び病気になるリスクが40%高いと言われております。またポジティブで前向きな感情が心筋梗塞へ及ぼす影響として、生活を楽しんでいる意識が高い人と比べて、その意識が少ない人は死亡率が2倍近く高いと言われています。

心筋梗塞になってうつ症状が出る人は現実には少なくないので、もしあなたにうつ症状が出たとしても、ある程度致し方ないことだと思ってお医者さんに早めに相談すると良いでしょう。


抗血小板薬治療

抗血小板薬はカテーテルで治療された患者さんには必須のお薬です。
血液をサラサラにして、冠動脈が再び血栓で詰まってしまうことを予防する為に飲む大切なお薬です。


抗血小板薬には主に次のものがあります。

  • アスピリン
  • チエノピリジン系薬剤:クロピドグレル、チクロピジン
  • シロスタゾール

 アスピリンが最も重要です。カテーテル治療、特にステントが冠動脈に入れられた患者さんはアスピリン+チエノピリジン系の2つの薬を同時に服用する事が必要です。

 抗血小板薬は血液を固まりにくくする薬なので、逆に出血し易くなります。出血の危険性と血管が詰まって心筋梗塞を起こす危険性を天秤にかけて、飲んだ方が良いと思われる患者さんに処方されます。抜歯や内視鏡でポリープをつまんで取る場合や、あるいは外科手術を行う場合など大なり小なり出血しますので、薬を中止しなくてはなりません。もしそのような検査や治療を受ける場合は必ず主治医に相談してださい。

 現在カテーテル治療された患者さんが、一体どのくらいの期間2つの抗血小板薬を同時に飲まなくてはいけないか?に関して答えは出ていません。患者さん個人個人の状態で変わってくる場合が多いので主治医の先生やカテーテル治療を行った先生が決めます。ただし心筋梗塞になった患者さんは少なくともアスピリンだけは生涯飲む必要があります。またシロスタゾールは副作用でアスピリンやチエノピリジンが服用できない場合に処方されます。